WebGPUとは?次世代WebグラフィックスAPIの仕組みと活用事例

Webデザイナーの世界では、「WebGPU」と呼ばれる技術が注目されています。これは、WebGLと呼ばれるAPIの後継にあたるもので、ウェブ上のグラフィックをよりリッチに表現するために利用される技術です。現在では、多くのデザイナーやWebエンジニアによって活用されるようになってきました。
2023年に一部のブラウザが対応を開始したことを皮切りに、現在では少しずつWebGPUにブラウザが対応しています。こうした状況を受けて、Webデザイナーの間でもWebGPUを採用する機会が増えてきました。比較的新しい技術であるWebGPUについて、今回は詳しく解説します。
WebGPUとは
WebGPUは、Webブラウザ上で高性能なグラフィックス処理や計算処理を可能にする次世代のAPIです。従来は「WebGL」と呼ばれる技術が主に利用されてきました。WebGPUはその後継として登場し、より高度な処理に対応できるように変化しています。
ポイントとして、従来よりも低レベルかつ高効率な設計となっており、GPUの機能のより直接的な活用が可能であることが挙げられます。性能の向上により、3Dグラフィックスをはじめとするリッチなデザインがさらに扱いやすくなりました。また、計算処理の高速化により、機械学習や化学シミュレーションといった負荷の高い用途にも対応できます。
現在はGoogle ChromeやMicrosoft Edgeなど一部のブラウザが対応し、グラフィックの描写が可能です。今後はさらに多くのブラウザでのサポートが進むと期待されています。
WebGLとの違い
上記でも述べたとおり、従来は「WebGPU」ではなく「WebGL」と呼ばれる技術が利用されてきました。現在もWebGLは広く使われていますが、WebGPUとは異なった技術です。
まず、WebGPUはWebGLの後継であることから、内部処理がシンプルに見直されています。これにより、処理の負担が軽くなり、より短時間でリッチなデザインを実現しやすくなっている点が大きな特徴です。
さらに「コンピュートシェーダー」と呼ばれる汎用計算の仕組みがWebGPUに導入されました。これにより、グラフィックス描画だけでなく、機械学習や科学技術計算など、計算処理全般に対応できます。WebGLではこのような汎用計算機能は標準で用意されていません。
一方で、WebGPUは、対応ブラウザがまだ限られているという課題があります。WebGLは多くのブラウザで既にサポートされており、ユーザーの利便性という点では現時点で大きな差です。将来的にWebGPUの普及が進めば、このギャップも徐々に解消されていくと考えられます。
WebGPUのAPIの仕組み
WebGPUのAPIは、低レベルかつ非同期なGPU制御インターフェースを提供しています。主にJavaScriptやTypeScriptを通じて利用でき、従来のGPUアーキテクチャに近い制御をWeb上で再現できることが特徴です。技術的には非常に難解な部分もありますが、ここでは簡潔にその仕組みを解説します。
GPUインスタンスの取得
最初に「navigator.gpu」 を通じて利用可能なGPUアダプターを取得します。これは、ユーザーのデバイスに搭載されているGPUのスペックをもとに、最適なアダプターを選択するための処理です。環境によって異なるGPUが搭載されているため、最適な設定を自動的におこなう設計になっています。
デバイスの取得
次に、取得したアダプターからGPUデバイスのインスタンスを取得します。これが、以降の描画処理や計算処理、バッファやコマンドの管理など、あらゆるGPU操作の中心的な役割を担います。
スワップチェーンとコンテキストの設定
グラフィックを画面に描画するためには、スワップチェーンと呼ばれる仕組みが用いられます。これは、描画結果を事前にバッファへ準備し、それを画面に素早く反映させるための仕組みです。WebGPUではHTMLのcanvas要素を使用し、そこからWebGPUコンテキストを取得し、スワップチェーンを設定します。
JavaScript
const canvas = document.querySelector("canvas");
const context = canvas.getContext("webgpu");
このようにして準備されたキャンバスに対して、描画結果を高速かつ滑らかに表示できます。
リソースの作成
描画や演算を行う前に、GPUで扱うためのリソース(バッファやテクスチャなど)を作成します。これらはあらかじめ定義・初期化しておき、Web上へのアップロードが必要です。たとえば、以下のようにバッファを準備します。
JavaScript
const vertexBuffer = device.createBuffer({
size: vertexData.byteLength,
usage: GPUBufferUsage.VERTEX | GPUBufferUsage.COPY_DST,
});
シェーダーの作成
GPU上で実行される処理は、シェーダーと呼ばれる専用のプログラムにより記述されます。WebGPUでは、WGSL(WebGPU Shading Language)という言語でシェーダーを記述します。以下は簡単な例です。
WGSL
@vertex
fn main_vertex(...) -> ... {
...
}
このように、シェーダーコードをモジュールとして登録し、GPU処理に活用します。
パイプラインの構築
WebGPUでは、描画や計算を行うために「パイプライン」と呼ばれる処理の設計図を定義します。これは、どのようなシェーダーを用い、どのようにバッファを扱い、どの順序で処理するかを指定するものです。
JavaScript
const pipeline = device.createRenderPipeline({
vertex: { module: shaderModule, entryPoint: "main_vertex" },
fragment: { module: shaderModule, entryPoint: "main_fragment" },
...
});
このパイプラインによって、GPUに対する一連の操作が効率的に実行されます。
コマンドのエンコーディングと描画
描画処理を行うには、GPUへ送るコマンドを記録(エンコード)します。これにはコマンドエンコーダを使用し、レンダーパスや描画命令を記述します。
JavaScript
const commandEncoder = device.createCommandEncoder();
const passEncoder = commandEncoder.beginRenderPass({...});
passEncoder.setPipeline(pipeline);
passEncoder.setVertexBuffer(0, vertexBuffer);
passEncoder.draw(3);
passEncoder.end();
device.queue.submit([commandEncoder.finish()]);
コマンドの送信後、描画処理が実行され、HTMLキャンバス上にグラフィックが表示されます。
WebGPUのメリット

WebGPUを採用する3つの大きなメリットを紹介します。
高性能なグラフィックス
WebGPUは、MetalやDirect3D 12、VulkanなどのモダンなネイティブAPIをベースに設計されています。GPUの性能を最大限に引き出せる点が大きな特徴です。これにより、WebGLと比べて描画処理や並列計算のパフォーマンスが大幅に向上しています。
その結果、これまでWebブラウザ上では難しかった複雑な3Dグラフィックやリアルタイムの物理シミュレーションにも対応できるようになりました。特に高性能が求められるWebベースのゲームやインタラクティブなアプリケーションにおいて、WebGPUは非常に効果的です。
GPUによる汎用計算への対応
WebGPUは、グラフィック描画だけにとどまらず、GPUの並列演算能力を活用した汎用計算(GPGPU)にも対応しています。これにより、機械学習、画像処理、大規模な数値計算など、グラフィックス以外の分野にも応用が可能です。
近年では、クライアントサイドでのAI推論処理などにWebGPUが活用される事例が増えています。エンジニアたちが試行錯誤を重ねている段階ですが、これから活用が広がるでしょう。CPUベースの処理と比べて、より高速かつ省電力な実行が期待できます。今後、Web上のさまざまなアプリケーションでGPUベースの計算が主流となるかもしれません。
柔軟な制御と非同期処理
JavaScriptのPromiseベースで、非同期に処理が実行できるよう設計されています。これにより、UIスレッドをブロックすることなく、GPUリソースの取得や管理、描画処理を効率的に進めることが可能です。その結果、滑らかで安定したユーザー体験を実現できます。
さらに、シェーダーやレンダーパイプラインの構成も、開発者による自由な定義が可能です。これはエンジニアにとって大きなメリットで、用途や目的に応じた柔軟な制御を実現します。うまく活用できれば、ユーザーがより快適に、高速にグラフィックを体験できる環境を提供できるはずです。
WebGPUのデメリット
魅力的な機能を備えたWebGPUですが、現時点ではいくつかのデメリットも存在します。採用を検討する際には、これらの課題も考慮することが重要です。
対応ブラウザと環境が限られている
最も大きなデメリットは、WebGPUに対応するブラウザや環境が限られている点です。新しい技術であるため、現在のところGoogle ChromeやMicrosoft Edgeの最新バージョンのみが正式に対応しています。SafariやFirefoxなど他の主要ブラウザではまだ対応していません。
さらに、対応ブラウザを使用していても、利用しているハードウェアによってはWebGPUが正しく動作しないケースがあります。特に古いGPUを搭載しているデバイスでは、必要な機能が不足しており、正常に処理できないことがあります。WebGPUの技術が広く普及し、安定して利用できるようになるには、まだ時間がかかるでしょう。
学習コストが高い
WebGPUは、GPUを直接制御できる低レベルAPIであることが利点です。ただ、その反面で従来のWebGLよりも必要な知識が多く、学習コストが高くなる傾向にあります。特に、シェーダー(shader)の記述やレンダーパイプラインの構築といった高度な実装に関するスキルが必要です。
これらを適切に扱うには、GPUアーキテクチャや並列処理に関する理解が必須と考えられます。ハードウェアやGPUプログラミングの知識が不十分な状態では、WebGPUの恩恵を十分に受けられないでしょう。リアルタイム描画やパフォーマンス最適化を実装するためには、技術的ハードルが高く、導入にはそれなりの準備とスキルが求められます。
セキュリティ面でのリスク
WebGPUは非常に強力なAPIであるため、セキュリティ面での懸念も指摘されています。ブラウザ上でGPUリソースへ直接アクセスできてしまうからです。これにより「悪意あるコードによって不正な操作が行われるリスク」「システムリソースが過度に消費されるリスク」などが懸念されています。実際、一部のエンジニアや組織では、WebGPUのセキュリティに対する懸念から導入を見送っている状況です。
また、GPUの制御に失敗すると、ブラウザがクラッシュしたり、予期せぬ動作を引き起こす可能性もあります。これらの問題は技術的に未成熟な段階であることを示しており、今後も注意深い検証と情報のキャッチアップが必要です。
WebGPUの活用事例

WebGPUは比較的新しい技術であり、対応ブラウザもまだ限られているため、有名な実用事例は多くありません。しかし、将来的に有望なユースケースが多数存在します。
リアルタイム物理シミュレーションやゲーム描画
Google Chromeの公式ブログでは、開水路シミュレーションを活用したデモが紹介されています。たとえば、水面の波を再現する際に、WebGPUを使って高速フーリエ変換(FFT)を計算し、リアルタイムで自然な波の動きを表現するなどです。さらに、複雑な陰影処理や反射エフェクトもスムーズに描画できるため、インタラクティブで視覚的に優れたゲームやビジュアル表現が紹介されています。
ブラウザ上での機械学習やAI推論
WebGLでは困難だった複雑な計算処理も、WebGPUでは効率的に実装できます。特に注目されているのが、クライアントサイドでの機械学習モデルの推論です。WebGPUの並列計算能力を活かすことで、画像分類や物体検出などをリアルタイムで実行できます。サーバーへの依存を減らし、ユーザーの端末だけで高速かつセキュアに処理できる点が大きな利点です。
高速な3Dアセットレンダリング
WebGPUでは、glTF形式などの3Dモデルを高精度かつ高速に描画することが可能です。特に、レンダリングパイプラインの状態を事前に確定し、必要なリソースをバンドル化しておくことで、高負荷な描画処理をスムーズに実行できます。これにより、Webサイト上でも高品質な3Dコンテンツを扱うことが現実的になりつつあるのです。今後、Eコマースやプレゼンテーションサイトなどにおいて、3Dコンテンツが当たり前になるかもしれません。
まとめ
Webブラウザ上でGPU処理を活用できる「WebGPU」について解説しました。WebGPUは、主にWebサイトやWebアプリケーションのグラフィック表現を強化する目的で利用されます。ただ、高い計算能力を活かして、機械学習や画像処理などの分野にも応用されるようになりました。今後の進化が期待される、非常に魅力的な次世代APIといえるでしょう。
一方で、現時点ではGoogle ChromeおよびMicrosoft Edgeの最新バージョンのみが正式に対応し、利用できる環境は限られています。また、対応ブラウザであっても、ユーザーのデバイスによってはGPUの性能が不足し、WebGPUが正常に動作しないかもしれません。こうした利用環境の制約については十分に注意しながら、導入を検討する必要があります。